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Borderline(9th) [ライ・クーダー(Ry Cooder)]



Borderline/Ry Cooder
(邦題『ボーダーライン』)
(1980)
★★☆☆☆

1988年春、アルバム『Get Rhythm』がリリースされてまだ間もない頃、雑誌『Switch』にライ・クーダーのインタビューが載った。あまり長い記事ではないが、そこには新しいアルバムについてはもちろん、ルーツ・ミュージックに対するライの姿勢や自分の音楽スタイルを獲得していった過程、楽器へのこだわりなど、さまざまな興味深いテーマについて、ライ自身の生々しい言葉が刻まれている。その中に、どきりとさせられる一言がある。映画のサウンド・トラックの仕事ばかり精力的にこなす反面、オリジナル・アルバムは5年間も制作されていなかった、その理由について尋ねられて答えた言葉だ。

「しばらくの間、特にソロのレコードを作ろうって気分じゃなかったんです。自分のためにレコードを作る必要は何もない……そんなふうに思えたんです。(中略)ぼくの作った最近の二枚のソロ・アルバム、ほんとうはやりたくなかったんです。だんだんいや気がさしてきて。幸せな気持ちにしてくれなかったんです」(『Switch』1988 APR. Vol.6 No.2)

その「幸せな気持ちにしてくれなかった」二枚のソロ・アルバムが、この『Borderline』と、2年後の『The Slide Area』である。

『Borderline』に収められたサウンド自体は、1年前に発表された前作『Bop Till You Drop』の延長線上にある。それ以前までに積み上げてきた「ライ・クーダー・ミュージック」にR&B的なファンキーさを加えたものということだ。いや、「延長線上」というと、まるでその線が辿るさらに先、より深化したものになっていったみたいだが、それはちょっと違うのかもしれない。僕の印象を正確に言えば、このアルバムがいる場所は、同じ「延長線上」でも、その線を少し戻ったあたりのポイントを指している。つまり、同じ線上にいつつ、音楽的には「後退」しているんじゃないだろうか、ということだ。

その「後退」を具体的に語ることはひどく難しい。「R&B的なファンキーさ」の含有量が減り、それに代わって加わったものがない、というのは一つの回答だが、でも僕が感じる「後退」の印象は、もっと大きなところでの、致命的なものだ。それは、ある程度完成されたスタイルを持つアーティストが、その安全圏内に「後退」し、寝てたってできることをただやっているだけ、という状況を指している。もちろんそういうことは、音楽に限らず、文学でも映画でもゲームでも、もちろん普通の人間の人生にも、どんなことにだって起こりうるのだ。

「(映画音楽に)コーラス&ヴァースという形はありません。この形式はときに抑制され、それゆえ反復的になります。『さあ、コーラスだ。やれやれ、また別のヴァースだ』 ぼくはこういうのにちょっとうんざりしています。ひたすら音だけを料理して、映像のリズムを採り入れるのがおもしろい。(中略)一日が終わって家に帰り、無から何かが生まれたことを知るのは気持ちいいですよ」(同)

気の合ったミュージシャンたちとただセッションをしているだけ、という状況から生まれた印象がぴったりのこのアルバムは、だから内省的な重さや、音楽的冒険に挑む緊張感とは正反対の位相の音に包まれている。コミカルとすらいえる明るさは、しかし無害で、聞き手の中に「毒」を残さない。それでも、逆に考えてみれば、凄腕のミュージシャンたちがここまでリラックスして「自分」を出す瞬間に立ち会えることは、そうあるものじゃない。このリラックス感を生んでいるものこそ、ライ・クーダーのミュージシャン的な人徳、信頼感のようなものなんじゃないだろうか。特にティム・ドラモンドのベースと、そしてジム・ケルトナーのドラムが作り出すリズムは、本来は職人芸的な技術とスタンスをその本質とする二人とは思えないほど奔放で、さまざまなアイデアに満ちている。8ビートとも16ビートともつかない、この軽く細かいグルーヴは、世のベーシストとドラマーは一度は聴いて衝撃を受けてみるべきじゃないだろうか。ここに関しては、たぶん「無から何かが生まれて」いる。

『Bop Till You Drop』の項に、デジタル・レコーディングによる音の痩せが印象を悪くしているのかもしれない、ということを書いたが、じつはこのアルバムにも同じようなことが言える。クリアでシャープといえば聞こえはいいが、どうしても全体的に痩せて貧相な音に感じるのだ。何よりも、ライのギターの音色がひどいと思う。やはり「クリアでシャープ」ではなく「痩せて貧相」になってしまっているその音は、レコーディング機器や技術のせいでそうなっているのではなく、たぶんあえて狙ってやっているのだろうが、はっきり言って失敗だと思う。もちろん、そんなことはライ本人がいちばんよくわかっていたはずで、問題はこれをそのままリリースする、その投げやりな態度こそにある。

ちなみに前作『Bop Till You Drop』は全米アルバム・チャートで、ライのアルバムとしては初のトップ100入りを果たす最高62位を記録したが、この『Borderline』はさらに上を行く43位まで上昇した。投げやりにもなろうってもんだな、そりゃ。

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