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Empire Burlesque(27th) ~ Down In The Groove(29th) [ボブ・ディラン(Bob Dylan)]

宗教的、音楽的、さまざまな紆余曲折の末に名盤『Infidels』を生み出した「80年代ディラン」の後半戦。しかし、ある種の幸福な軽薄さを最大の特徴とするこの80年代後半という時代のカラーは、はっきり言ってディランとは合っていなかった。この時期、自分の活動とは無関係に進行していく「時代」ってやつとの折り合いのつかなさに、ディランが苛立ち、とてつもない無力感を感じていたことは、例えば『ボブ・ディラン自伝』を読むと痛いほど伝わってくる。ここで僕たちが本当に聴くべきなのは、そこに刻まれたサウンドそのものではなく、むしろ何を刻んでいいかわからず、戸惑い、苦闘し、時には(たぶん)諦めかけもした、その精神の軌跡の方なのかもしれない。


Empire Burlesque/Bob Dylan
(邦題『エンパイア・バーレスク』)
(1985)
★★★☆☆

1985年に世界的に大ヒットした「We Are The World」という曲のことを、もしかしてそれ以降に生まれた人などはあまりよく知らないのだろうか? 簡単に言えば「貧困に悩むアフリカを音楽で救おう」という主旨で、多くのトップ・アーティストが協力し合って1曲を作り上げる企画である。まあ、そういうチャリティー的なプロジェクト自体はいつの時代も見かけるわけだが、そのバカげた規模の大きさと、思慮深さのかけらもない能天気な善意の発露のしかたはいかにも80年代的で、あの「感じ」だけは当時を知るものにしか理解も肯定もできないもののような気がする。60年代ウッドストックの「できないかもしれないけどやっちゃえ!」的な青臭い冒険主義とも、あるいはすでに成功したアーティストによる余技・余興とも違う、敵が際限なく巨大になっていく「少年ジャンプ」的なワクワク感に支えられた明るさが、そこにはあった。

僕はそのとき、16歳から17歳になろうとしている高校2年生だった。そしてたしか、初めてディランを聴いたのが、この「We Are The World」だった。スティーヴィー・ワンダーやブルース・スプリングスティーン、スティーブ・ペリー、ダリル・ホール、ヒューイ・ルイス……当時のアメリカ音楽界のスターたちが、ライオネル・リッチーとマイケル・ジャクソンが作り、クインシー・ジョーンズがプロデュースしたこの曲をリレー形式で歌い継いでいく。2番が終わり、ブリッジのバースが歌われたあと、三たびやってきたサビに登場したのが、ボブ・ディランだった。正統的な歌唱法とはどこか違う不思議な声の出し方も印象的だったが、一人だけオリジナルのメロディーを無視したかのような調子っぱずれの音程で歌う様子は、すさまじい存在感を伴って僕の頭の中に刻まれた。それにしても、あれからもう24年も経ったのか……。

前置きが長くなったが、『Empire Burlesque』はその「We Are The World」の直後に発表された、『Infidels』以来約1年半ぶりとなるオリジナル・アルバムだ。その音は、今聴くとびっくりするほど「80年代洋楽サウンド」的で、それ以上でも、以下でもない。シンセ・ドラム、シンセサイザー、エコー、耳当たりのいいポップなメロディー、没個性的だが洗練された、逆にいえば洗練されているが没個性的な演奏とミックス。それは僕の中に、強烈なノスタルジーを呼び起こす。当時のヒット・チャートを賑わせていた曲を聴いたときと同じ、メランコリックな甘美さに包まれる。たぶん、これが「世代」というやつなのだろう。僕の中の「冷静な判断力」はこれを★2つにとどめようとするのだが、結果的には「ギリギリで」という誰に対してだかよくわからない言い訳とともに3つ、ついている。いずれにせよ、ノスタルジーと戦っているやつの判断ほどアテにならないものはない。ある意味で、自分以外の他人にとっての★がいくつになるのか、これほど想像のつかないアルバムはない。

『Infidels』にあったフォーク・ロック的な「芯」のようなものは、ここでは見当たらないか、もしかしたら意図的に引っ込められている。1曲目の「Tight Connection To My Heart」の最初の数秒を聴けば、そのことはすぐにわかる。マイルドなファンキーさを湛えたその曲は、しかし例えば『Slow Train Coming』の「Gotta Serve Somebody」のような緊張感とは無縁だ。だって、それが80年代後半という「時代」だったのだ。

このアルバム中で、最も過激に「80年代洋楽」的なのが「When The Night Comes Falling From The Sky」だろう。どこか現代(じゃないけど)版「All Along The Watchtower」とでも呼びたくなるこの曲のサウンドはどこまでもチープで、全力で当時の最先端サウンドを追いかけている「痛さ」に満ちており、だからこそ、その古臭さは逆説的に生々しく、僕の胸を詰まらせる。



Knocked Out Loaded/Bob Dylan
(邦題『ノックト・アウト・ローデッド』)
(1986)
★★☆☆☆

『Empire Burlesque』のあと、ディランはまずアナログ5枚組のベスト『Biograph』を発表している。ベスト盤なのでここでは詳しい紹介は割愛するが、その集大成的なボリュームもさることながら、いわゆる「通」好みの選曲でいて、入門編としても文句のない仕上がりという、なかなかの好アイテムである。この時期までのディランは完璧に網羅されているといっていいばかりか、『Shot Of Love』のアウトテイクでなぜかボツになっていた名曲「Caribbean Wind」が収録されているなど、聴きどころは多い。

で、1986年春にはトム・ペティ・アンド・ザ・ハートブレイカーズとジョイントでツアーを回ったディラン。この模様は『Hard to Handle』というビデオで発売されているが、アルバムとしては発表されていない。なのでここでは詳しい紹介はまたまた割愛するが、これがまたなかなかタイトでストレートな、気持ちのいいライブなのだ。ディラン本人は自伝で、すぐに退屈になってしまい、途中でツアーやめたくなった、というようなことを言っており、だからいまだにDVDになっていないのかとも思うが、いずれにせよ、そのツアーの直後に発表されたのが、この『Knocked Out Loaded』だった。

先に言ってしまうと、このアルバム、駄作という評価が一般的で、積極的に擁護する意見を見かけたことはほとんどない。逆に言えば、積極的に貶める言葉も聞かれず、要するにあまり触れられることのない作品である。

サウンドや演奏的には、本当はもう少しレイド・バックしたいのに、80年代的な軽さとシャープさにからめとられてしまい、抜け出せないまま終わった感がある。落としどころというか、寄せる方向が見えず、ただやってみただけ、というか。そうやって消極的に獲得された平易さ、ポップさという意味では、ちょっとだけ1978年の『Street Legal』を思い起こさせるところもある。

その『Street Legal』との違いとなると、これはもう、楽曲の弱さに尽きるだろう。全8曲中、完全自作は2曲、トム・ペティなどとの共作が3曲、ハーマン・パーカー・Jr.作とクリス・クリストファーソン作が各1曲、原曲がよくわからない、「Arranged by B.Dylan」とあるだけの曲が1曲。曲作りに情熱が注がれていないか、または注ぎ方が功を奏していないか、ともかく印象に残らない曲が多い。こうなると、サウンドもサウンドだけに、駄作の烙印は免れなくなってしまうというものだ。

ただ、いくつか積極的トライはなされている。「Brownsville Girl」は脚本家のサム・シェパードとの共作で、11分という長さの淡々としたナンバー。いやたぶん、最初は淡々としていて、徐々に盛り上げて、という「スケールの大きさ」を狙っているのだろうが、大げさなアレンジだとは感じられても、その意図はうまく反映されていない。逆に「Arranged by B.Dylan」とクレジットされた「Precious Memories」は、マンドリンやスティール・ドラムが涼しげな、レゲエ風というかカリプソ風の陽気なナンバーで、唐突さにさえ戸惑わなければ、なかなかの印象的なトラックだ。いや、唐突であるぶん、強い印象を与える、というべきか。

いずれにせよ、この時期のディランが曲作りにおいて高いモチベーションを保てていなかったことは、自伝などからも明らかだ。むしろ興味を覚えるべきは、そんな状況下でもコンスタントに(そして、そんな状況下であることを隠そうともしない作品を)発表し続ける、ボブ・ディランというミュージシャンの職業倫理についてなのかもしれない。それは、僕たちの知っている薄っぺらなミュージシャン像、アーティスト像とは、何かが根本的に違っているような気がしてならない。



Down In The Groove/Bob Dylan
(邦題『ダウン・イン・ザ・グルーヴ』)
(1988)
☆☆☆☆

一応、位置づけ的にはれっきとしたオリジナル・アルバムだが、なんだかアウトテイクを寄せ集めたような散漫な印象のアルバム。というか、実際に「Death Is Not The End」は『Infidels』のアウトテイクだし、他にも映画『ハート・オブ・ファイアー』のサントラとして提供した曲も収められている。完全な自作曲はその2曲のみで、あとはグレイトフル・デッドのロバート・ハンターとの共作が2曲。それ以外はカバーやトラッドのアレンジ、他者からの提供など。曲ごとに参加ミュージシャンはバラバラで、おまけにどれも演奏クオリティは決して高くなく、いかにも練習テイクっぽいものを無理やり体裁を整えた感じのものも多い。当然、サウンド的な一貫性は皆無。名作ドラマ『北の国から』に「誠意って、何かね」という名台詞があるが、菅原文太でなくともつい「アルバムって、何かね」と問いたくなる、そんなアルバムだ。

1973年に出た『Dylan』は、アサイラムに移籍するディランへの嫌がらせ的に、コロンビア側が勝手に出した正真正銘の寄せ集めアルバムだった。散漫さという点ではなんとなくそれに似た匂いはあるが、それよりはもう少し積極的な意味で、曲単位で好みがハマる人はいるかもしれない。先の「Death Is Not The End」ではマーク・ノップラーの渋いギターが聴けるし、ロン・ウッド、エリック・クラプトン、ミッチェル・フルームら豪華メンバーが参加した「Had A Dream About You, Baby」、ドゥー・ワップ風の「Sally Sue Brown」やボビー・キングの低音が心地よいゴスペル風の「Ninety Miles An Hour (Down A Dead End Street)」など、寄せ集めならではのデタラメさを楽しむ手はあるかも。個人的には、いかにもデッドライクな「Silvio」は以前から好きな曲だ。

だが残念なことに、「曲単位でちょっと好みが合う」ものを聴くために、僕はディランを聴いてはいない。その「残念」さは、たぶん僕の側に原因があるんだろうけど。

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