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Heart Of Saturday Night(2nd) [トム・ウェイツ(Tom Waits)]


Heart Of Saturday Night/Tom Waits
(邦題『土曜日の夜』)
(1974)
★★★★★

ジャジー、という言葉がある。英語の形容詞で、綴りはJazzy。と、ここまで書いて、これもしかして和製英語じゃないだろうな、と不安になったので急いで辞書で調べてみたが、ちゃんとありました、ジャジー。意味は「ジャズ風の」といったところで、肝心なのはここなのだが、たぶんジャズそのものには使われない言葉なんだと思う……んだけど、どうだろう。使うのかな?

ジャズから派生した、あるいはジャズの要素を取り入れた新興ジャンルには、アシッド・ジャズ、スムース・ジャズ、ニュー・ジャズ、ジャズ・フュージョン(現在では「ジャズ」がとれて「フュージョン」という一つのジャンルとして独り立ちしているが)などがあるが、もちろんこれらのサウンドに対しても「ジャジー」という言葉は使われない。いや、使われることはあるのかもしれないけど、たぶんそれはイレギュラーなケースで、本質的に合わない言葉のような気がするのだ。なぜならば、いま挙げたようなジャンルのサウンドは、ジャズをもとにして、そこに何を加えたのか、どう変質させたのかで語った方が、スムースな理解が期待できるからだ。もとになっているのがジャズである以上、「ジャジー」もくそもない。

で、このトム・ウェイツのセカンド・アルバム、もうどろんどろん(ってのもヘンな言い方だが)にジャジーな作品なのだ。ということは、これはジャズではない、ジャズから派生したものではない。なんだかずいぶん逆説的な話のようだが、でもそういうことになる。

たとえば、この後に発表される『Small Change』や『Foreign Affairs』には、もっとストレートにジャズからの影響を感じさせる楽曲が収められている。自身でもライナー・ノーツで書いているように、それはジョージ・ガーシュインであり、セロニアス・モンクであり、フランク・シナトラであり、誰よりもルイ・アームストロングなのだが、それらは「ジャズ」の影響下で作られた音楽、「ジャズ」の延長線上にある音楽なのであって、「ジャジー」なわけではない。それが『Heart Of Saturday Night』というアルバムが達成した音楽との、大きな違いなのだと思う。

このアルバムを初めて聴いたのは1980年代の終わり、20歳くらいのころだったが、当時は古いロックを聴き漁るのに夢中で、じつのところジャズに興味はなかった。オシャレでムーディーなものなんてむしろ毛嫌いしていたくらいのアナクロ野郎で、フェイバリットはボブ・ディランとザ・バンド。あとはライ・クーダーやニール・ヤングやローリング・ストーンズやエリック・クラプトンやその周辺を掘り下げていくだけで手一杯だった。だが、トム・ウェイツには、とくにこの『Heart Of Saturday Night』には完全にノックアウトされてしまった。なんだこの格好よさは? なんでこの音楽はこんなに胸の奥深くにまで届いてくるんだ? という感じだった。

いまになってみれば、なぜ当時の自分が一見、畑違いにも見えるこの作品の素晴らしさを理解することができたのかがわかる。これはジャズではないのだ。これは「ジャジー」なブルースであり、フォークなのだ。そういう意味で、このアルバムはデビュー作の正統的な発展形なのだと言える。だが、ベース、ドラム、サックスをジャズ畑のメンバーで固め、ピアノの前に座って歌いはじめた瞬間、そこにはどうしようもなく「ジャジー」な空気が流れてしまった。「流れてしまった」なんて大失敗みたいな言い方だがもちろん正反対で、「奇跡」が起きた、という意味である。ジャンルの壁を越えて何か本質的なものが、エモーションが届くという「奇跡」が、だ。

好きなアルバムはどれも「名曲揃い」と言いたくなるが、このアルバムもまた、本当に名曲揃いだ。メロディーも、歌詞も、アレンジも、何年聴いていても飽きるということがない。アルバムの冒頭、ドラムのこれ以上ないほどルーズなフィル・インで「New Coat Of Paint」が始まるのを聴くたびに、名曲「San Diego Serenade」でトムが「Never saw the morning till stayed up all night(徹夜してみるまで、朝なんてお目にかかったこともなかった)」と歌い始めるたびに、タイトル曲の「(Looking For)The Heart Of Saturday Night」のアコースティック・ギターの伴奏の後ろで、車のクラクションのSEが聞こえてくるたびに、なぜか胸が詰まり、涙が溢れそうになる。もう20年も、だ。これを「奇跡」と呼ばずして、何と呼べばいい?
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symplexus

読んでいるうちにぐんぐん引き込まれました.
 マイルスの最晩年なんかどうなるんだろうと思ったりしています.
  コード進行から自由となり,エスニック音階を取り入れたり,
   ついにはロックのカバーやファッション,アートにと,
  まるでジャズの自己否定見ているようでスリリングでした.
 こういう変貌に対して悪し様に悪口をいうひとも多いと思うのですが,
シンディー・ローパのtime after timeのカバーを夕闇の中で聴いたときの
 感激は今でも忘れることが出来ません.
  トム・ウェイツの変貌は軍土門隼夫 さんに後に戻れないような
   刻印を残していったんですね.
    結局音楽の変貌はその人間性の最奥から
 必然的に生まれ出るもので有るべきでしょう.

 トム・ウェイツ,勢いにまかせて今日アマゾンに注文しました.
  早ければ明日にも届くとか,楽しみです.

 

 
by symplexus (2008-07-16 17:47) 

軍土門隼夫

お返事遅れちゃいました。
マイルスは、全部聴いているわけじゃないんですが、ジャズというより
音楽の根本原理を探求した人というイメージですね。
とくに、できるだけ単純なフレーズを、他の音との組み合わせで
さまざまな「音楽」として聴かせることに腐心した人という印象が強いです。
好きなのは「カインド・オブ・ブルー」とか「ラウンド・ミッドナイト」で、
だからマラソン・セッションのあたりとかはそんなストライクじゃないです。
「ビッチズ・ブリュー」は聴いてなかなか刺激を受けましたが、
あとは電化以降の作品はまだ聴いてなかったりします。

トム・ウェイツ、注文しちゃいましたか。。。
まだレビューを書いていない作品の中にも、なんとなくですが
symplexusさんが好みそうなものがあるんですけどね。
「Rain dogs」というアルバムなんか、いいですよ~。
もしチャンスがあればぜひ聴いてみてください。

by 軍土門隼夫 (2008-07-22 01:53) 

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