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Blood On The Tracks(16th) [ボブ・ディラン(Bob Dylan)]

ザ・バンドとのツアーを終えたディランが次にとりかかったのが、古巣のコロンビアに戻り、弾き語りを中心としたシンプルなサウンドを持ったアルバムを作るという作業だった。タイトでハードなバンド・サウンドからのこの急激な振れ幅自体、いかにもディランらしいといえばいえるのだが、ともかく結果的にこの『Blood On The Tracks』は、ディランの最高傑作と呼ぶ人も多い名作となる。このあとディランはまたまた情熱的なサウンドを持つ『Desire』を作り、そのレコーディング・メンバーを中心としたツアーに出て『Hard Rain』というその名の通り「激しい」ライブ・アルバムを残すのだから、活動の流れだけを追えば、このタイミングで『Blood On The Tracks』のような静謐さにあふれた名盤が生まれたこと自体、奇跡のようにも思えてくる。


Blood On The Tracks/Bob Dylan
(邦題『血の轍』)
(1975)
★★★★★

ディランのピークをどこに定めるのかには諸説あるし、これだけの長きにわたって決して一本道ではない、曲がりくねった旅路を歩んできたキャリアと、そこに残してきた音楽的成果を考えれば、そんな設問自体に意味がないことは明らかだ。それでも、この『Blood On The Tracks』こそがその頂点だという意見を唱える者がいたとして、少なくとも真っ向からそれを否定する人はいないはずだ。いたら、その人とはちょっと友達になりたくはない。なんて、傲慢な発言の一つもカマしてみたくなる、そのくらいの名盤だ。

でもたとえば、ここでディランのピークを1960年代後半の『Highway61 Revisited』や『Blonde On Blonde』におくという主張がなされたとしよう。もちろん、その意見には一理も二理もある。いや何理とか数えるもんじゃないんだけど、ともかくそこでは、トータルなサウンドとしての「ロック」が発明された瞬間の、あふれるようなエネルギーを体感することができる。ごちゃごちゃとした予備知識などなくとも、それが現在僕たちが知っている「ロック」の原初にして、いまなお最高到達点であるということが、聴いた瞬間に直感的にわかるような作品。それが上記の2枚である。

対して、1975年発表のこの『Blood On The Tracks』には、当時でも、もちろん現在においても、何か特別に目新しいものが含まれているという印象はない。ガツンとくるような、聴く者を一発でノックアウトする衝撃はここにはない。ディランはただ曲を作り、ギターを弾きながらそれを歌い、無名に近いバック・バンドが必要最小限のサウンドでサポートしている。それだけのことである。そして、たったそれだけのことなのに、「ロック」、いやもっと大きく「ポピュラー・ミュージック」でも、あるいはただたんに「音楽」と言ってもいいのだが、そのように名付けられた、人類が獲得したある特定のジャンルの文化における最良の成果の一つと呼んでいいような普遍性が、この作品には内在しているのだ。

とまあ、大げさな言い方にはなったが、つまるところここにはディランの作曲家としての、シンガーとしてのピークを見ることができる。弾き語りを中心とした作品ということで考えれば、楽曲の深みと独創性、それを表現するギターと歌の見事さという点において、このアルバムを超える作品はディランの長いキャリアどころか、星の数ほど存在しているシンガー・ソング・ライターたちのどんな優れた作品を持ってこようとも、見つけることは困難だ。ジェイムス・テイラーだろうがジャクソン・ブラウンだろうがジャック・ジョンソン(おお、みんな頭文字が「J」じゃないか)だろうが、松山千春だろうがゆずだろうがYUIだろうが、事情は変わらない。誰よりもいま挙げた当人たちが、そのことをいちばんよく知っているはずなのだ。いや正直、YUIあたりはどうだかわからないが。

先に述べたように、このアルバムを構成しているサウンドはとてもシンプルだ。ディランのアコースティック・ギターの弾き語りに、簡素だがよく動くフレージングをするドラムとベースが絡み、空間をハーモニカやオルガン、ペダル・スティールが埋めていくというのが基本フォーマットとなっている。最初はエリック・ワイズバーグ&デリヴァランスというカントリー・ロック・バンドを起用して録音したが、発売直前になってやっぱり気に入らないということで、違うメンバーで半分の5曲が録りなおされている。が、それによって大きく方向が変わったということがなさそうなのは、アルバムを通して聴けばわかる。言われてみれば、という程度で、違和感と呼べるほどのものはない。むしろそのエピソードは、この作品がちょっとしたアレンジやプレイのタッチ、フレージングの違いといった細部に非常に気を遣って作られたものであり、時代と一体化したようなエネルギーが自然と名作へと導いてくれた1960年代の作品とは、その形成のされ方からして違っているということを物語っている。なにしろ、かの名曲「Like A Rolling Stone」ですら、あの印象的なオルガンのフレーズを弾いたアル・クーパーは当日たまたまスタジオに遊びに来ていただけで、まるで参加する予定ではなかったという、じつにいいかげんな空気の中から生まれているのだから。

ところで、ここからは思い切り個人的な感想になるのだが、このアルバムにおけるサウンドは、現在のディランにとっての最終的な「落としどころ」というか、最もしっくりくるものなのではないだろうか? いろいろやってきたけど、結局のところ、やりたいのってこれなんだよな、という感じで。アルバムでの試行錯誤は別として、1990年代以降のツアー・バンドの編成やサウンドを観察していると、どうもそんなふうに思えてしかたない。それはペダル・スティールやオルガンの使い方だったり、ドラムとベースと自分のギターという基本となる三点セットのコンビネーションの作り方だったりするのだが、なによりもサウンドのトーンが、この『Blood On The Tracks』に通ずるものを感じさせるのだ。おそらく、弾き語りというスタイルにある程度の重心を残しつつ、同じ曲を日替わりとも呼ばれるほどアレンジを変えて演奏していくのに最も適したサウンドが、これなのだろう。地味だし、聴く者への影響力という点ではインパクトの大きいものではないが、ディラン本人にとって限りなく「最終解答」に近い、普遍性を持ったサウンドが、このアルバムの音なのではないだろうか。

いま書いたが、いくぶん地味なサウンドのため、一聴しただけではこの良さがわからないということもあるかもしれない(実際にそういう意見を聞いたこともある)。まあ、そういうのって人それぞれなので基本的にはべつにかまわないのだが、このアルバムだけは、良さがわかるまで何度か聴いてみてほしい。そんなふうに頼みたくなるほど、名曲揃いのいいアルバムなのだ。

ちなみに、みうらじゅんの『アイデン&ティティ』に出てくる「やらなきゃならないことをやるだけさ。だからうまくいくんだよ」というフレーズは、このアルバムの最後の曲である「Buckets Of Rain」の「You do what you must do and you do it well」という歌詞からとられている。う~ん、深い。

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