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Bringing It All Back Home(5th) ~ Blonde On Blonde(7th) [ボブ・ディラン(Bob Dylan)]

1960年代半ばの、いわゆるフォークからロックへの転換期の3枚。特に後半の2枚はいずれも神がかった名作で、もしディランのキャリアにおけるピークを一つだけ定めるとしたら、100人中95人くらいはこの時期を挙げるんじゃないだろうか。


Bringing It All Back Home/Bob Dylan
(邦題『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』)
(1965)
★★★★

言葉の定義の厳密さにこだわることにどれほどの意味があるかはさておき、俗に言う「フォーク・ロック」の特徴を、「フォーク・ギターを中心に、ドラム、ベース、そしてエレクトリックのリード・ギターなどで構成されたサウンド」とするならば、まさにこれがそのフォーク・ロックだ。5枚目の本作では、一部の曲を除き、ディランはフォーク・ギターを掻き鳴らしながら歌い、そのギターと一体となってドラム、ベースがリズムを作り出していく。リード・ギターが曲にブルージーなテイストを加え、ざらついたハーモニカが空間を切り裂く。前作『Another Side Of Bob Dylan』に足りなかったものを補ってみたら、こんなにもカッコいい音楽が塊となって出てきた。そんな感じだ。

元祖ラップ・ミュージックとも呼ばれる革新的な疾走感を持つ「Subterranean Homesick Blues」、シャッフルのリズムとともに吐き出すように言葉を繰り出していく「Maggie's Farm」、美しくシンプルなメロディーの繰り返しが病みつきになる「Love Minus Zero/No Limit」など、曲とサウンドと歌が一体になったこの世界は、ディランがここで初めて獲得したものだ。そしてこの成果は、次の傑作『Highway61 Revisited』において全面的に展開されることになる。

……と書いてきた流れを台無しにしてしまうようだが、じつはこのアルバム、上記のようなサウンドで押しているのはレコードでいうとA面だけだったりするのだ。B面の4曲にはドラムとベースは入っていない。そこでの演奏スタイルはこれまでと同じフォーク・ギターとハーモニカだけ(一部リード・ギターが控え目に入っている)なのだが、しかし「何か」が違う。それはもうただのフォークではない(あるいはもうただのフォークには聴こえない)。そこで鳴っているのは、ジャンルとしては「フォーク・ロック」の音なのだ。不思議なことに。

個人的なことを言えば、このアルバムで僕が好きなのはそのB面の方だ。かのバーズがカバーした名曲「Mr. Tambourine Man」から「It's All Over Now, Baby Blue」まで、イメージの連なりが奔流となって流れていくのに身を任せる快感を味わうことができるのは、楽曲そのものの力と、ディランの歌の力によるところが大きい。直接的にはサウンドの成果ではない。しかし、繰り返すが、それでもここで鳴っているのは「フォーク・ロック」なのである。

対してA面には、まだ未完成な香りが漂っている。もしかすると、次の『Highway61 Revisited』でその発展形、完成形を聴けることを知っているから、どうしても点が辛くなっているだけなのかもしれないが。ともかく、逆の見方をすれば、ここではフォーク・ロック誕生の瞬間のパッションを生々しいかたちで聴くことができるとも言える。そういう真に歴史的な作品は、ディランに限らずそう多くあるものではない。


Highway61 Revisited/Bob Dylan
(邦題『追憶のハイウェイ61』)
(1965)
★★★★★

ディラン通算6枚目は、ロックを変えた(ということは世界を変えた)不滅のマスターピース。変えた、というのは適切ではないかもしれない。ロックはここで生まれ、現在へと至っているのだ。そう言い切っていいくらい、この作品が世界中のミュージシャンに与えてきた影響は計り知れない。

とにかく全曲捨て曲なし、名曲揃いのこのアルバムだが、そのいちばんのポイントは曲ではなくサウンドにある。基本的には前作の『Bringing It All Back Home』のフォーク・ロック的なものを押し進めたバンド・サウンドなのだが、何が違うといって、ここでは一部の曲を除き、ディラン自身がついにエレクトリック・ギターを弾いているのだ。フォーク・ギターのように掻き鳴らされるエレクトリック・ギターを芯として、ドラム、ベース、それにピアノやオルガンやリード・ギターやタンバリンなどが一体となり、まるで鉄砲水のような勢いで噴出しつつ、うねりまくる。このサウンドをカッコいいと思えなかったら、残念ながらその人はもうロックは聴かない方がいい。暴言かもしれないけど、本当にそう思う。

中でもとくにこの作品を特徴づけているのは、アル・クーパーのハモンド・オルガンと、マイク・ブルームフィールドのリード・ギターだ。痒いところに手が届くというか、センスの塊のようなこの2つの音が、このアルバムに華と切れ味を与え、サウンドをきらびやかなものにしている。最後の「Desolation Row」のギターのすばらしさなんて、すぐにはうまく言葉にできる自信がない。

このままだらだらと語り続けても、全曲をただ誉めていくだけになってしまいそうなので、このへんにしておこう。このアルバムの良さなんて、世界中でみんなが論じているのだから。なにも僕が心配(?)することはない。


Blonde On Blonde/Bob Dylan
(邦題『ブロンド・オン・ブロンド』)
(1966)
★★★★★

世紀の名作『Highway61 Revisited』から1年もたたないうちにリリースされた通算7枚目の本作は、自身初のアナログ二枚組という大ボリューム。驚いたことに、これまた前作に勝るとも劣らない傑作なのだが、本当に驚くべきは、これが前作からの単純な延長線上にはないこと、前作とはまたぜんぜん別の魅力を持った作品に仕上がっているということだ。

たぶん、前作とのいちばんの違いは、プロデューサーが替わり、スタジオもこれまでのニューヨークではなく、ナッシュビルでの録音になったことだろう。具体的には、演奏が落ち着き、サウンドは透明感があるものとなっている。前作の、バンドみんなのエネルギーを一斉にぶちまけたようなものとは違い、隙間を作りながらの抑制のきいた演奏に乗せて、こちらも前作ほどテンションの高くないディランの歌が流れていく。吐き出すような歌い方は影を潜め、一言、一言をかみしめるように、聴き手に歌詞を届けることを最優先としているかのように、ディランは歌う。

どこをとっても名曲、名演揃いで、すべてが聴きどころ(本当にそうなのだ)のアルバムだが、ひとつだけとりあげて語るとしたら、「One Of Us Must Know」だろう。通して聴いているとここだけ違和感のあるサウンドなのだが、それもそのはず、この曲のみニューヨークの録音で、しかもバックはザ・バンドの前身であるザ・ホークスなのだ。いま「違和感」と書いたが、これは決して悪い意味ではなく、とりわけ飛び抜けて創造的に感じられる、というくらいの意味だ。そのくらいの名演だし、後にやってくる両者の蜜月時代を予感させる、非常に大きな意味を持つトラックだと思う。

ちなみにこのアルバム、家で聴いていたら、妻が突然「これ誰?」と訊いてきた。「ボブ・ディランだけど、なんで?」と訊き返すと、「なんか佐野元春みたい」と言って「逆なんだろうけどね」と笑った。なんだかいい話だと思いません?

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ふにゃちゅう

奥さん、ナイスですね!
by ふにゃちゅう (2008-04-18 23:06) 

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