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Planet Waves(14th)、Before The Flood(15th)、The Basement Tapes(17th) [ボブ・ディラン(Bob Dylan)]

『New Morning』から3年余、ついに映画のサントラや未発表トラックの寄せ集めなどではない、ディランの新作オリジナル・アルバムが届けられた。それが、ザ・バンドがバックを務めた1974年の名作『Planet Waves』である。このあと両者はツアーに出て、その模様はこれまた傑作ライブ・アルバム『Before The Flood』として発表される。おまけに、以前ディランがバイク事故で長期休業していた時期(1967年秋、『Blonde On Blonde』直後のこと。ちなみにザ・バンドの単独デビューは1968年)にザ・バンドの面々とプライベート・セッションを繰り返していたときの音源までが『The Basement Tapes』として発売されるなど、この時期のディランはザ・バンド抜きに語ることはできない。ちなみにこのころ、ザ・バンドは『Rock Of Ages』(なんとこのツアーにもディランはゲストで出演していた)から『Moondog Matinee』の時期。やるべきことが一段落し、次なる方向性を探りはじめていた時期だったといえるのではないだろうか。

なお、レコードの発売順は『The Basement Tapes』(1975年7月)より『Blood On The Tracks』(1975年1月)の方がわずかに先だったが、前者は過去の音源をまとめたものでもあるし、ディランの活動的には少なくともこの二作は順序を逆にして考えた方がより実態に近いと考え、このようなまとめ方にしてある。


Planet Waves/Bob Dylan
(邦題『プラネット・ウェイヴス』)
(1974)
★★★★

フォークなのか、ロックなのか、それともフォーク・ロックという新しいジャンルなのか。プロテスト・ソングを続けるべきか、それともラブ・ソングにシフトすべきか。カントリー、スタンダード・ナンバーときて、次は何に手を出したらいいのか。ある意味で60年代のディランは、そういった「ジャンルとの格闘」を活動の推進力としてきたといえる。自分がやっていることは何なのか、何をやることが期待されているのか。それを意識することなしに、次の一歩は踏み出せなかった。あるいはもしかしたらそれは聴く側だけの問題で、ディラン本人は「You do what you must do and you do it well(やらなきゃいけないことをやるんだ、そうすればうまくいくさ)」(「Buckets Of Rain」from『Blood On The Tracks』)という姿勢を貫いていただけなのかもしれないが。

いずれにせよ、「70年代ディラン」は、そんなジャンルの定義づけなどバカバカしくなってしまうような、「自分たち」だけにしかできない会心のサウンドとともに幕を開けた。当代随一のロック・バンド、ザ・バンドがバックを務めているのだから、おかしな作品ができるわけがない。そんな期待どおり、この『Planet Waves』はすばらしいまとまりを持ったアルバムに仕上がっている。

両者の出会いからの歩みは、わざわざここで詳述しなくてもどこか別の場所でいくらでも読めるだろう。重要なのは、このコラボがここで初めて試みられたものなどではなく、ずいぶん前からセッション、ライブなどさまざまな場を通じてその相性の良さが確認されてきたものだということだ。逆に言えば、最初の出会いから約7年も経ってようやくこの組み合わせでのスタジオ盤が作られたというのは、明らかに遅すぎるだろう。すでにここでのディラン&ザ・バンドは、一個の音楽的有機体として完成されすぎており、いささか緊張感に欠けるというか、何が起きるかわからないワクワク感を、他ならぬ本人たちが一番感じていないのではないかと疑ってみたくなるくらいだ。

実際にこの作品は、わずか3日のレコーディングで作られたという。おまけに11曲中、ダビングされたのはわずか3曲で、あとはすべて一発録りだとか。鍵盤楽器2名を含むザ・バンドにディランを加えた6名の演奏がである。ここに刻まれたサウンドの創造性とクオリティーの高さを考えると、ちょっと信じられない話である。ずば抜けた演奏能力はもちろんだが、コンビネーションという意味でも円熟の域すら通り越した無敵状態にあったのだろう。たぶんこれこそが、1974年当時に考え得る、最高のアメリカン・ロックなのだと断言してもいい。

ところで、もしこの作品に問題があるとしたら、それはただひとつ、これはディランのアルバムなのか、という点だろう。そのくらい、ここではディランのアクや個性の強さはザ・バンドの表現力に回収され、強烈なインパクトを残すことはない。作品の総合的なクオリティーの高さからすれば、意外なくらいである。でも、たとえばこの作品のアーティスト名が「ボブ・ディラン」ではなく、何かこの企画にのみつけられた新しいユニット名だったとしたらどうだろう? 「ディラン&ザ・バンド」でもいいのだが、もっとこう、何かまったく別のバンド名が望ましい。ディランが6人目のメンバーとして参加する新バンド、という考え方である。もしそうしてあったら、この作品は現在得ている評価以上の、「伝説のバンドの歴史的名盤」という評価を得ていたのではないだろうか。

ディランのアクが弱いということは、ディランが何となく苦手という人にはうってつけのアルバムだということにもなる。実際、もし「ディランのあの鼻がつまったみたいなオッサン臭い声と雰囲気が、なんか生理的に受け付けないんだよね」という人がいたら、僕は迷わずこの『Planet Waves』か、1976年の『Disire』あたりを聴いてみることを薦めたい。ただでさえ名曲の『Forever Young』が、同じ曲とは思えないほど異なるアレンジで2バージョン(というか、もはや別の2曲という感じなのだが)入っているという、普通のアーティストならやらないようなことを平気でやっているところなんか、いかにもディラン的であると同時に、初心者も一発でシビれてくれそうな気がするのだが。個人的なことを言えば、僕は後の方に出てくるカントリー調のバージョンが大好きである。最初の荘厳な雰囲気のバージョンもいい(そういえばザ・バンドの『The Last Waltz』でもこっちのバージョンで演っている)のだが、この曲の解釈としては、前者のハッピーな感じが断然好みだ。ちなみにこの2バージョン、レコードでは前者がA面最後、後者がB面1曲目になっている。当然のことながらこれ、CDだと続けて流れちゃうんでしょ? なんかもったいないなあ……。


Before The Flood/Bob Dylan, The Band
(邦題『偉大なる復活』)
(1974)
★★★★

『Planet Waves』制作直後から始まったディラン&ザ・バンドの全米ツアーの模様を収めたライブ・アルバム。『Self Portrait』で4曲だけ聴けるワイト島のフェスでの演奏や、ザ・バンドの『The Last Waltz』でディランが参加した5曲、あとは1968年のウディー・ガスリーのトリビュート・コンサートに出演したときのものなどを除けば、この組み合わせのライブを聴けるのはこの作品だけだ。ちなみにザ・バンドがまだザ・ホークスと名乗っていた1966年、ドラムもリヴォン・ヘルムではなくミッキー・ジョーンズで行ったライブの模様は、有名なブートレッグ『The Royal Albert Hall』として出回り、1998年に『The Bootleg Series Vol.4~Bob Dylan Live 1966 [The "Royal Albert Hall" Concert]』として正式リリースされている。

前置きが長くなったが、つまりこれは、ディランが充実期のザ・バンドをバックに行った貴重なライブを収めた作品ということだ。恐ろしくタイトでエネルギッシュな歌と演奏がたっぷり味わえる、まさしく傑作ライブ・アルバムに仕上がっている。

収録曲は、ディランがザ・バンドをバックに自分の曲を歌った曲が21曲中13曲、ザ・バンドが単独で自分たちの曲を演っているのが8曲ある。一見、なんだかおかしな構成のようだが、ディランが一人で弾き語りで「Just Like A Woman」など3曲を歌う部分も含めても、作品としての統一感は損なわれていないし、聴いていて違和感もない。先の『Planet Waves』のところでも書いたが、これはもはやディランとザ・バンドが組み合わさった、一つの新しいユニットのライブなのだ。そう考えれば合点がいくし、そのくらいこのコラボには分かちがたい一体感がある。というか、この作品のクレジット自体、「Bob Dylan」ではなく「Bob Dylan/The Band」となっているのだ。

ところで、ディランとザ・バンドは『Planet Waves』制作と同時に出たツアーにもかかわらず、ここには当の『Planet Waves』の曲は1曲も入っていない。というか、このツアー自体、『Planet Waves』からはほとんど演奏されなかったという。かわりに演奏されているのは「Like A Rolling Stone」をはじめとした60年代の名曲のオンパレードである。その名曲の数々が、オリジナル・バージョンからは想像もつかないような激しいアレンジで演奏され、叫ぶようなワイルドなボーカルで歌われるのだ。メロディーがほとんど原型をとどめていない曲すらある。のちにディランのライブといえばむしろそういうところこそが聴きどころになっていくわけだが(そういえばこのアルバムはディランとしては初のライブ・アルバムだった)、それにしてもこの激しさ、タイトさは凄い。これは想像だが、『Planet Waves』ではザ・バンドのエネルギーに飲み込まれそうになっていたディランが、今度は負けないように自らのテンションを引き上げた結果、それがまたザ・バンドを触発し、そうなるとディランはさらに頑張らざるをえず……という無限上昇スパイラルの結果が、この途方もなくエネルギッシュな作品なのではないだろうか。

で、このアルバム、間違いなく傑作なのだが、そういうところが若干、聴き疲れないともいえない。あまりにも隙間なく叩き込まれ続ける充実したフレーズの数々に、「ちょっとタイム!」と言いたくなるのだ。こっちの気力・体力が充実していないと、完全に作品に負けてしまう。そう、いい言葉を思いついた。このアルバム、ちっとも「癒されない」のだ。ディランにもザ・バンドにも、「癒し」の要素はあるはずなのに、少なくともこのアルバムにおいては、その面だけは切り捨てられている。

とまあ、いろいろ書いてきたが、これらはすべて誉め言葉です。そのくらい充実した作品だということ。癒しなんていらねえ、オレを倒してやろうっていう気概のある音楽があるなら、ここに持ってきてみろ! という人がいたら、ぜひ聴いてみてほしい。見かけだけハードな演技をしてるだけのヘヴィー・メタルなんかよりはよっぽど効くよ。


The Basement Tapes/Bob Dylan & The Band
(邦題『地下室(ザ・ベースメント・テープス)』)
(1975)
★★★★

1967年秋に、ウッドストックのビッグ・ピンクと呼ばれる借家の地下室で、たった3本のマイクで録音されたザ・バンドとのセッション。そのテープが流出し、ブートレッグとして出回り、ついに8年後、正式なアルバムとしてリリースされたというものである。おそらくはディラン&ザ・バンドの活動の盛り上がりに便乗(?)するような形のリリースだったのだろう。ちなみに『Planet Waves』『Before The Flood』の2枚を新興レーベルであるアサイラムから出したディランは古巣のコロンビアに戻ったのだが、この作品はそのコロンビアからのリリースとなった。

というワケで、この作品のポイントは「発表を前提として作られてはいない」「作品としては1967年の古いもの」「録音機材が貧弱」「ディランとザ・バンドに主従関係がない対等のセッション」といったあたりなのだが、何よりも凄いのは、これらがすべてウィーク・ポイントにはならず、この作品の長所となっている点にある。

ジャンルすら明確に指し示すことの難しい、まったく未知なるサウンドを追い求める実験のようなこのセッションは、発表を前提としたレコーディングでは不可能なものだ。また、あらゆるルーツ・ミュージックをドロドロになるまで煮詰めたごった煮のような味わいは、いかにも60年代の猥雑な味わいに満ちている。誰もが洗練と細分化への道を歩み始める70年代の空気の中からは絶対に出てこないサウンドだ。

貧弱な機材による、まともなエンジニアもいない(クレジット上はザ・バンドのガース・ハドソンがエンジニアとなっているが、何のことはない、テープ・レコーダーの操作を担当したというだけの意味らしい)ような環境での録音も、かえってサウンド作りの際の先入観の排除につながっているような気がする。何かの模倣や後追いではない音楽を作るうえで、すでに確立されている方法論に頼らない音作りができたというのは、チープなサウンドになるデメリットを補って余りあるプラス要素だったのではないだろうか。だいいちこんな奇妙なサウンド、この時代に狙って作れるエンジニアなんていなかったのでは。

また、ディランとザ・バンドの関係の対等さも、この8年後の『Planet Waves』『Before The Flood』のさらに上を行っている貴重なものとなっている。ここではディランはもはやザ・バンドの6人目のメンバーでしかなく、演奏しているのが誰の楽曲なのか、誰がボーカルをとっているのかになど、たいして重要な意味はないのだ。

ここに収められた「Tears Of Rage」はディランとリチャード・マニュエルの、「This Wheels On Fire」はディランとリック・ダンコの共作で、そしていずれもこのセッションの1年後に発表されたザ・バンドのデビュー・アルバム『Music From Big Pink』においてふたたび演奏されている。そういえば、同じ場所で録ったのだからある意味当然なのだが、この『The Basement Tapes』の全体的な音の雰囲気は『Music From Big Pink』によく似ている。それに対して、このセッションがディラン側に与えた影響を具体的に名指しすることは意外に難しい。どこがどう変わったのかはうまく言えない。しかし明らかにディランのバンド・サウンドに対する考え方、楽曲の作り方は、ここを境に変わった。つまりこのセッションは、ディランには無形の財産を、そしてザ・バンドには、具体的なサウンドの方向性とデビューという成果を与えた、という言い方もできるかもしれない。

昔、どこかで聞いたか読んだかした話でいくぶんうろ覚えなのだが、このセッションのテープは海賊版として流出する前、最初はミュージシャン仲間の間に出回っていたという。そして、あのニール・ヤングが、自分のレコーディングしているスタジオでかけっぱなしにしていたというのだ。まさにダイヤモンドの原石のような楽曲と演奏が詰まった、聴く者の創造力をビンビンに刺激してくるこのアルバムらしい話で、僕はとても好きなエピソードなのだが。

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